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Short time for Insanity 第2日 [ウィリアム・ウェルマン]

起きしなにマリャーノフは隣に眠っていたソーニャの乳房を掌で弄んだ。
—やめてください、そういう気分ではありません
—もちろんわたしもそういう気分ではない、今日はウィリアム・ウェルマンのサイレント時代の傑作『つばさ』(1927)について話をしたいから
—でも、その前にパンツをはいてください
—ダメだ、パンツはまだ全部半乾きだから
—じゃあ、わたしのパンツをはいて行ってください
—たわけ!人のはいたパンツなどはけるか
と言うと、マリャーノフはベッドから飛び起きてパンツなしで外へ飛び出して行った。
ソーニャは先ほどまではいていたパンツを手に持って後を追った。 サモワールがひっくり返って、蒸気が陋屋の中で踊った。
 
マリャーノフが神社に着いたとき、境内には野球に興じる子供たち、飴売り、プロレタリアート、聖パウロなどがいた。聖パウロがマリャーノフに近づいて言った。
—君、パンツをはかないと風邪をひくよ
しかし、マリャーノフが激高して唾を飛ばしたので聖パウロは引き下がった。
 
—わたしは恥ずかしい、まったく恥ずかしい。何が恥ずかしいかって、この歳になってようやく第1回のアカデミー賞で作品賞を受賞した映画『つばさ』を見たのだから。もちろん賞などどうでもいいのだが、このような傑作を長年見ないで過ごしてしまったことが悔やまれる。以前「ウェルマンの映画にはクライマックスが欠落している」ということを書いたのだけど、この映画を見るとその意見は完全に覆されてしまう。「見せない」監督ウェルマンは、この映画では見せることに徹底しているのだ。まず、『つばさ』は第1次世界大戦にウェルマンと同じように飛行士として参戦した二人の青年をめぐる物語であって、当然戦闘機による空中戦がたくさんある。このような場合いろんな撮り方というのがあるわけで、たとえば模型を使うとかスクリーンプロセスを使うとか、あと編集によってそれっぽくすることもできたはずだ。しかし、『つばさ』の空中戦はそのような小手先の技術全くなしに、真っ向から撮られている。見ていると感動すると同時に恐怖すら覚える。わたしが記憶する限りにおいてこれは航空映画としての最高傑作だと思う。『トップガン』とかはもちろん、全て本物の飛行機を使って撮られたというホークスの『暁の偵察』とか記憶もかなり遠のいてしまってて覚えていないのだが、これほどではなかったんじゃないか。
 
聖パウロが口を挟んだ。
—『地獄の天使』は?
—見てねえよ。だけど、『つばさ』を見たヒューズがウェルマンに監督頼んだらしいよ。断ったみたいやけど。『つばさ』を見てるとDVDの画質のせいかもしれないけど最初これスクリーン・プロセスで撮ってんじゃないのってショットがあるのね。主役がコクピット乗って前景にいたりするから。それが不意に「こいつホントに飛んどる」って分かるのね、これはヤバいね。ちゃんと操縦習わせたみたいですよ。嫌がるの無理に乗せて。でもって墜落ショットがますますヤバい。これも最初は「何かトリックあるんじゃねえの」って疑いつつ見てる。飛行機が煙吐き出しながらフワフワ落ちていく。そして、どう見ても本物の雲に機体が包まれて行くのを見るに及んで、鳥肌が立ちましたわ。監督の話だと機体に火が点かないように信号用の煙を使って撮ったようだけど、落下の運動そのものは本物なんです。 映画で飛行機見ててこれほど手に汗握ったのは、サークの『The tarnished angels』ぐらいじゃないかな。
 
子供たちは野球を続けている。飛球を追った中堅手と右翼手が衝突し、二人とも鼻血を流していた。打者走者はその間に本塁を踏んでいたが、聖パウロによってエンタイトルツーベースと判定されたため、がっかりしていた。
— さてクライマックスに話を戻すと、物語の結末を語ってしまうことになるので詳しくは差し控えておくけれど、カメラは戦場における二人の主人公の一挙手一投足を見逃すことなく追っている。そして、二つの運動が終局において激突するという点ではウェルマンは完全にグリフィスを踏襲しているといってもいい。しかし、そこにグリフィス的なカタルシスがないことにも注目していいだろう。このことは『民衆の敵』などと関連させて考えてみたので、今日のところは深く踏み込まないことにしよう。今日強調しておきたいのは、「見せない」監督ウェルマンは存分に見せることができる監督であるということである。『つばさ』のウェルマンは落下する飛行機であろうとクララ・ボウのであろうと、見せ惜しみなどしないのである。
 
このとき、セカンドを守る少年は聖パウロが「乳」という言葉に敏感に反応したのを見逃さなかったが、打球が飛んで来たのでそのことはすぐに忘れてしまった。
 
—しかし、彼がまた省略の妙手であることも『つばさ』はすでに証明している。駆け出しのゲイリー・クーパーが登場するあるシーンなどがその好例である。 ゲイリー・クーパーはこの映画ではほんのちょっとしか出てこないんやけど、強烈な印象を残しているので一見の価値があると思う。ただこんなことを長々と話すよりも、見たことがない人には少しでも映像を見てもらった方がよいかもしれない。映像の抜粋を以下に貼付けておく。念のため、音楽は借用であることを断っておく。
 
 
 —実を言うと、アメリカでは『つばさ』はいまだにDVD化されてないようだが、この国では幸運にも500円で購入することができるので紹介しておく。
 
つばさ [DVD] FRT-197

つばさ [DVD] FRT-197

  • 出版社/メーカー: ファーストトレーディング
  • メディア: DVD
 
—ところで、それまでにさしたるヒット作も撮っていないように見えるウェルマンが、なぜ莫大な予算が費やされたであろう『つばさ』の監督に抜擢されたのかは謎だ。そんな謎を撮影秘話ととも語ってくれていそうな本があるので紹介しておく。買っても読んでもいないので内容は知らないけどね。書いてるのはウェルマンの7人の子供のうちのひとり。 

The Man And His Wings: William A. Wellman And the Making of the First Best Picture

The Man And His Wings: William A. Wellman And the Making of the First Best Picture

  • 作者: William, Jr. Wellman
  • 出版社/メーカー: Praeger Pub
  • 発売日: 2006/02/28
  • メディア: ハードカバー
 
 
 
 
—また、ウェルマンが見せることに徹底していることは、サイレント映画であることに当然大いに関係しているはずなのだが、ウェルマンのサイレントでDVD化されているのは『つばさ』の他に、『The Boob』というのがワーナー本社のオフィシャルショップでオンデマンド販売されておるだけで、これも国外には発送・配信されてないようだ。他のサイトで『The Boob』を販売しておるところもあるにはあるのだが、けっこう値が張る。それから、『つばさ』の翌年に公開された『Beggars of Life』というサウンド映画があって、これがよくわからないDVDになって販売されている。この映画はルイーズ・ブルックスが主演してて、彼女のアメリカ時代の映画ではホークスの『港々に女あり』が有名なんだけど、こっちのウェルマンの映画で評価されてドイツに進出したという話も聞く。なので、この『Beggars of Life』は何とか入手したいと思っております。
 
そこへ、飴売りがやって来た。
—その前に飴を買ってくれ。1万円!1万円!
—うるせえ、ぼったくり野郎が!
マリャーノフは飴を手で振り払った。ぶち切れた飴売りが、マリャーノフを押し倒し、そのむき出しの尻を繰り返し蹴り上げると、 野球を中断した子供たちもそれに加わった。聖パウロはおくびをし、プロレタリアートは労働で疲れ切っていたので目の前の光景にはしごく無関心であった。パンツを振りかざしたソーニャはようやく鳥居の下に辿り着いたが、巻き込まれたくなかったので踵を返した。

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